「生命力」

  29期生 大沼弘典



ひと坪半ほどの小さな畑を始めて2年経ちます。
 
 草を刈る時、草と対話しながら刈る。
「元気よか~ちょっとだけ刈らせてくれ!」
 
 種を蒔く時、種と対話しながら蒔く。
「どんどこ伸びて、天まで響け!」
 
 水を撒く時、水と対話しながら撒く。
「有り難えなあ~大地の恵みじゃ!」
 
 間引きする時、命と対話しながら間引く。
「お命頂きます、合掌!」
 
 今にも枯れそうなトマトの枝にそっと手を触れて声を掛ける。
「実はつけんでもええ、花は咲かんでもええ、まんず、とにかぐ、枯れるでねえど…」
 
 花が咲いた時、香る花にそっと触れてその美しさを讃える。
「ブラボー!」
 
 収穫する時、小さな実も大きな実も虫食い実も不思議な形の実もみんな褒め称える。
「皆よか!」
 
 種を採る時、種と対話しながら採る。
「えらい頑張った~来年も楽しみじゃ!」
 
一方、畑には野菜だけでなく、人間が「雑草」と呼ぶ元気な植物が生息します。
「雑草」は誰も種を蒔いた覚えがないのに勝手にニョキニョキ生えてきて、人間に倒されても踏まれても刈られても、夏ならしばらく放ったらかしにすれば、反対にこちらが食われてしまいそうな勢いで畑一面青々と覆ってしまう。
 
「雑草」はタダモノではない。
 
強者の草は鎌で刈りますが、全部刈るようなことはしません。
勢いの強い草だけ刈ってあとは残しておき、刈った草はその場にねかせます。
そうすることで土の乾燥を防ぎ野菜が育つ環境を安定させます。
もし、草を全部刈ってしまえば住処を奪われた虫達が野菜に集中してしまいますが、草を残しておくことで虫達の勢いを分散することができます。
 
草は、立ち方、座り方、伸び方、曲がり方、動き方、表情、雰囲気など、種類や状況によって様々なかたちがありますが、周囲の環境と抜群に適応します。
草の生い茂る環境では、よく見ると様々な種類の動植物たちが複雑に繋がり合って絶妙なバランスで循環しています。
 
畑の恵みは、その循環の中でおてんと様と大地が生命を育むのです。
その恩恵を授かるためには自然が発する声に耳をよ~く澄まして「気」の流れを見極めなければならないでしょう。
畑という小さな自然界で、もし「気」の流れが滞ってきたならば、適切なタイミングに必要最小限の働きかけで本来の流れに戻してやる。
あとは本来備わっている自然の力に任せておけばよいのです。
 
例えば畑の草を刈る時、地面に両ひざを着いて腰をかがめます。
もし姿勢が悪くなれば、自分の視界、行動範囲、心までもが狭くなり、下手をすればすぐに腰を痛めてしまうでしょう。
 
しかし腰を入れて草刈りの「型」ができれば、自分の中心、鎌の中心、草の中心が真正面から対話して一つに繋がることで「気」が交流し、お互いが研ぎ澄まされてゆく。
すると、無駄な力や動きが削ぎ落とされて腰は痛くなりません。
身体がラクになると、いろいろなことをみる余裕が出てきます。
 
五感を研ぎ澄ませば様々な命の声がきこえる。
 
一言で「雑草」と言っても人間が自分の都合で勝手に「雑草」と呼んでいるだけです。
草の声に耳を傾ければ、同じ場所でもその年によって、微妙に異なる草が様々な花を咲かせることに気付きます。
咲く花に近づいてジーッと目を凝らして見ると、どれも個性的でその色や形、大きさなど様々です。
何の気負いもなく、焦りや躊躇もなく、その中心から穏やかに微笑んでいます。
本来の姿で生きるとはこういうことなのかもしれません。
 
季節が巡れば、畑でそのいのちをまっとうした生命の亡骸は、次の生命の糧となります。
厳しい冬を生き抜く大根のエネルギーとなります。
秋に芽を出して、冬の凍てつく霜の中を生き抜き、やっと暖かくなった春に咲かせる大根の花。
その薄紫色の可憐な花はまるで観音様の後光を発しているかのように輝いています。
食べるのがもったいないと思いつつ、花が咲く前に収穫して大根味噌汁にすれば、こちらの身体に「気」が満ちてきます。
まさに天と大地の「気」が循環しています。
命を授かった生命は誰もが自分の力で元気になる「気」を持っています。
しかし、いつの間にか中心がぼやけて「気」の流れが滞ってくると、その力をうまく発揮できなくなってしまいます。
整体では人間の身体に本来備わっているこの生命力を導き出すことを学びます。
畑の仕事は野菜の成長を手助けすることですが、整体を学ぶことで畑仕事においても大きな気付きがあります。
 
共通することは、一方的にこちら側の力だけで相手を動かすのではなく、こちらの最小限の行いで相手が本来持っている自分の力を取り戻すように手助けすることです。
そうすることでお互いの「気」が循環し、相手だけではなくこちら側も元気になってきます。
お互いが本来の活き活きとした身体、心に戻ってゆきます。
 
そのために井本整体で学ぶことは、まず「型」をつくることです。
人間が本来持つ生命力を活かすために、様々な「型」があると思いますが、人間の根本を見極める井本整体の「型」は、他の様々な分野でも必ず応用が効くでしょう。
整体一筋で志を持つ人はもちろん、各々の専門分野、日常生活の様々な場面において、井本整体はきっと大きな道標となるでしょう!


 


 



Comments